能登の酒蔵を見学してきた


 今日、宮崎さんのお誘いで、能登の酒蔵を六軒ほど見学してきました。酒屋さんの営業回りにくっついての酒蔵見学でして、普通の観光客相手の酒蔵見学では見ることの出来ない、真剣勝負の現場を見ることが出来ました。珠洲蛸島町にある桜田酒造に始まり、宗玄酒造、松波酒造、鶴野酒造と内海に沿って南下し、さらに輪島にある白藤酒造、七尾の布施酒造へと足を伸ばしました。朝六時半に金沢を出て、帰ってきたのは夜九時の強行軍です。では、そのレポートをしたいと思います。

能登半島最北端の銘醸 桜田酒造


 能登半島の最北端、珠洲市蛸島町にある小さな酒蔵です。社長兼杜氏である若いご主人を中心に、家族で醸しています。主な銘柄は「初桜」「大慶」などがあります。特に「大慶」は今イチオシの特別純米酒です。
 
 小さいですが、まさに『蔵』という感じの建物で造っています。設備もあまり機械化されておらず、ほとんどの作業を手作業でやっています。今年の新酒を味見しましたが、すっきりとした味わいのなかにも後を引く味が隠れていて、おいしかったです。熟成させるともっとおいしくなると思うので、秋の冷やおろしが今から楽しみです。
 見学した後は社長兼杜氏桜田さんからいろいろとお話を伺うことが出来ました。桜田酒造の実績はここ数年ほぼ±0の横ばいだそうですが、桜田さんはもっと積極的に売っていきたいと考えているそうです。また、この時に十三年物の大吟醸古酒(非売品)をいただきました。これがもの凄くおいしくてビックリしました。なんでも若いときに造ったものを保存しておいたそうです。もう何年か寝かせて、もう少し付加価値が付いたら小瓶に詰めて出荷したいと言っていました。これからの桜田酒造に期待したいです。

能登最大手 宗玄酒造


 桜田酒造から車で十五分ほど南下すると、見附島が見えてきます。その見附島のすぐ近くにあるのが宗玄酒造です。能登半島では最大手、最盛期には一万石を超える出荷量を誇った能登の雄です。写真にも分かるように、四階建ての近代的な蔵です。流通センターも自前で持っていて、日本中に酒を出荷しています。
 また、宗玄酒造には坂口幸夫という杜氏がいます。能登杜氏の神様とも称される、名人中の名人です。
 
 びっくりしたのは、普通酒本醸造の大衆酒と吟醸酒とで建物からして違う建物を使用していることです。現在宗玄酒造は吟醸酒を大々的にプッシュしていて、その心意気をそこからも感じました。洗米や温度管理などほとんどの部分で機械化されているのですが、やはり麹造りや酒母造りなど、要所要所は手作業で行われているようです。近代設備と坂口杜氏の経験によって、あの生産量と味が維持されているのでしょう。ちなみに、今日見学に行ったときは新酒品評会用のお酒の瓶詰めと火入れを、蔵人が見守る中もの凄い真剣な眼差しで行っていました。ちょっと写真を撮れるような雰囲気ではなかったので、早々に退散してきました。宗玄では最後に純米吟醸酒酒粕をお土産にいただきました。

恋路海岸のすぐそばの小さな蔵 松波酒造


 実は、先日の近江町春の新酒祭りで初めて飲んだ蔵です。すっきり辛口、でも後を引く酸味もあって、もの凄くおいしいお酒を造っています。恋路海岸のすぐそば、歴史ある港町で「大江山」という銘柄を造っています。
 
 ここは昔ながらの道具を今でも大事に使っています。重油を使った蒸し器(昔は石炭や薪を使っていたそうです)に、酒も槽(ふね)を使って絞っています。槽しぼりの酒粕は最近ブームで、ここの酒粕はかなり売れているようです。
 いろいろと試飲させていただきましたが、やはり本醸造の生酒、あとは吟醸酒がおいしかった。この吟醸酒ですが、なんと大吟醸と同じ造りで、精米歩合も40%です。それで一升4,000円、とてもお買い得なお酒です。また、若女将がブログなどを通して能登をアピールする活動も行っている元気な蔵です。

82歳の杜氏が醸す実直な味わい 鶴野酒造


 今回一番の収穫はここ、鶴野酒造でした。実は昔からここの「谷泉」という酒を好んで飲んできたのですが、近所のスーパーでも酒粕を取り扱っているためにそこそこ大手の蔵だと思っていました。でも行ってびっくり、82歳の老杜氏を中心に、数人の蔵人で、やはりほとんどを手作業で造る小さい蔵でした。珠洲市の南、鳳珠郡能都町にある蔵です。
 その82歳の杜氏、もの凄くシャンとしたおじいさんです。話すだけでも、この人の造る物に嘘は無いな、と思わされる、もの凄く実直な人でした。背筋も伸びていて、とても80代には見えません。また驚いたのは、蔵に入って40年だそうです。つまり40代で蔵人になったわけで、それ以前は隣町で農業を営んでいたそうです。ということは、今年で29の私も今から杜氏を目指すことが可能というわけで、「酒蔵で働くのもいいなあ」と本気で思ってしまいました。
 
 精米歩合35%の大吟醸から吟醸無濾過、純米無濾過、普通酒の原酒と順番に試飲しましたが、どれも味わいの深い私好みの日本酒でした。特に吟醸がお気に入りです。
 また、ここで女将さんから予想外の歓待を受けまして、その時に蔵の経営方針などを伺いました。問屋にほとんど卸さず小売店との直接取引と直販のみでやっていること、米作りからほとんど全てを自前でやっていることなど、熱心に話してくれました。また、この時にカタログには載せていない十年物の本醸造があると聞き、一升瓶で一本買ってきました。五千円と少々高い酒ですが、あの本醸造を十年寝かせたら必ずもの凄いお酒になっているはずなので、今から開けるのが楽しみです。

輪島の元気な酒蔵 白藤酒造


 このブログではもうお馴染み、「白菊」を造っている白藤酒造です。この蔵ですが二年前の震災で被害を受けて、最近蔵を建て直して新しい蔵になっています。ただ、中の機材は昔ながらの手作りです。
 
 若い杜氏を中心に、家族経営のアットホームな酒蔵です。仕込みの量も去年よりも増やしたようで、これからの躍進が期待されます。試飲は大吟醸から無濾過の原酒まで幅広くさせていただきました。去年仕込みで一年熟成させた吟醸が一番おいしかったです。甘口の、どっしりとした味わいで、そのままがぶがぶ飲んでも、料理と一緒に飲んでもおいしい万能酒だと思います。

七尾の古酒専門蔵 布施酒造


 以前も紹介しましたが、古酒専門という世にも珍しい酒蔵です。これまた家族でこぢんまりと造っています。ただ、この時期にもの凄く甘口の濁り酒を出していて、これが堪らなくおいしいのです。到着するのが夜遅くなってしまって、蔵を見学することは出来なかったのが少し残念でした。

蔵の人は姿勢がいい

 今日、規模も造りも様々な六軒の蔵を見学しましたが、一番思ったのは「蔵の人は背筋が伸びている」ということです。これは日本全国、どの蔵に行っても思うことです。みな背筋がシャンと伸びて、とても恰好良くきびきびと歩きます。これは蔵人に限らず、宗元の営業や販売担当の人もそうでした。自分の商品に対する誇りと自信がそうさせるのでしょう。日本酒好きとして、彼らがいる限りは石川のお酒は大丈夫、と心の底から思いました。
 また、どの蔵も「どうすれば日本酒が消費者の手に届くか」ということに苦心しているようです。「夏子の酒」や「美味しんぼ」のヒットから十数年、数年おきに地酒ブームが起こり、消費者の間にも日本酒の知識が定着しつつあると思います。しかし、それでも一般的な日本人が日常的に飲むにはまだ至っていない。イベントなどで飲んでもらえばみんな美味しいと言ってくれる、でも酒屋では買ってくれない。丁寧な造りを続けるためにも量販店には卸したくないが、若い人はそもそも日本酒専門の個人商店にはなかなか行かない。そんなジレンマを業界全体が抱えているような感じがします。
 この状況を打開するのはかなり大変だと思いますが、地道な今の酒造りを続ける限り消費者はいつか分かってくれると思います。そう言った意味で、先日の近江町春の新酒祭りのような試飲イベントの大成功は今後へのステップアップに確実に繋がっていくと思います。
 これからの石川県の酒蔵の躍進に期待します。