鯨獲りになった日


 今朝、勤務先の網に鯨がかかりました。11メートルはあろうかというナガスクジラです。
 定置網では、混獲した鯨は水揚げして市場に流通させても良いことになっています。現在、日本で認められている数少ない商業捕鯨の一つです。しかし、おそらく日本人のほとんどはその実体を知らないと思います。それどころか、細々とはいえ商業捕鯨が続けられているという事実すらも知られていないのでは無いでしょうか? というわけで、その捕鯨についての実録記事を書こうと思います。
 しかし、捕鯨に対して良い感情を持たない人もたくさんいますし、解体などグロテスクな写真も多く含みますので、詳細は畳んでおきます。読みたい人だけ先に進んでください。






鯨の発見から捕獲まで

 捕獲までは、残念ながら写真がありません。ちょっとそれどころでは無かったので。というわけで、文章だけになります。

 早朝出航して網を揚げる際に、伝馬船(中船*1をサポートする一人〜二人乗りの小型船)から鯨が入っているという連絡が入りました。
 直後、網の中から潮が吹き上がり、巨大な魚影も確認しました。鯨、それもかなり大型のものです。鯨は網の奥まで入っていき、安全に逃がすことは無理と判断、水揚げすることになりました*2
 主網からゆっくりと網を揚げていきましたが、途中で鯨が網に引っかかり、身動きが取れず暴れ出しました。結局数十分後、鯨の死亡を確認し本格的な水揚げ作業に入りました。
 自らが破った網に絡みつくような形で溺死していたので、2時間以上かけて網を外しました。鯨の表面はまだ生暖かく弾力もあり、鯨が魚では無く獣であることを実感させます。

このように、尻尾をロープで船に固定して港まで引っ張ります。

水揚げ

水揚げはクレーンで行います。ただ、今日は会社のクレーンではとてもだが引っ張り上げることが無理で、大型クレーンに来てもらって水揚げしました。
 写真を見れば、鯨の巨大さが伝わると思います。

鯨の解体

 鯨は港で解体してから市場へと運びます。
 十数人係で、出刃包丁と鋸で解体していきます。


 まずは皮を切り取り、次に肉と内臓、そして骨と解体して、部位ごとにまとめて市場へと送ります。10トン以上有った鯨が、見る見る間に骨だけになっていく様は圧巻です。鯨には本当に捨てる場所がありません。頭や骨でさえ、市場で買い手が付きます。捨てるのは血と目玉ぐらいでしょうか。
 また、この時にDNAサンプルを切り取り、鯨類研究所に送ります。DNA解析を行い登録することで、密漁を防ぐのが目的です。日本では、鯨類研究所でDNA解析を受けた鯨しか流通できないことになっています。

鯨を獲って思ったこと

 漁師になってから鯨やイルカを見かけることは何度かありましたが、無神論者の私ですら、その姿に神秘性を感じることは禁じ得ませんでした。能登半島では鯨塚といって、鯨を祀った祠や神社がありますし、鯨を大漁への吉兆として崇める風習がそこかしこに残っています。そして、同時に鯨は貴重な水産資源でもあります。
 そんな、無神論者の私ですらも神性を感じざるを得ない鯨を捕るというのは、神を狩るに等しい行為なのかもなあ、と漠然と感じました。残念ながら、今のところその心境を語る言葉を持ち合わせていません。しばらく時間が経てば、少しずつ言語化できるようになるのかもしれません。その日が来たら、もう少し何か書きたいと思います。
 

*1:主立った作業を行う大きい船

*2:安全に逃がすことが出来る場合は、逃がさなければなりません。ただ、その日の漁獲や網の保全の都合上、奥まで入ってしまうと逃がすのはほぼ不可能です。