女子野球というファンタジー

三年ぶりに帰国し、日本の高校に入学した綾音。彼女には幼馴染みの巧也と野球をするという目的があった。そう、甲子園を目指すのだ!中学時代、巧也はシニアの世界で活躍し、全国区の有名選手に成長していた。だが、再会に胸躍らせる綾音の目の前にいたのは、想像していたのとは全く違う巧也だった。冷淡に「野球はやめた」と言い捨てる巧也に戸惑いを隠せない綾音。彼女は巧也に野球をやらせるべく猛アタックを始めるのだが―。爽快な野球小説の登場。

 『女の子野球もの』が大好きである。野球というのは体が直接触れあわないためか、女子が男子に混じってプレーする、というファンタジーが入り込む余地が残されている数少ないメジャースポーツだと思う。いろいろなメディアで、忘れた頃にぽんっ、と出てくるこの「女の子野球もの」だが、今年も早速メディアワークス文庫から登場した。メディアワークスからは、「若草野球部狂想曲」という女子野球小説も出ているので、おそらく女子野球が好きな編集者がいるのだろう。
 そして、この小説だけど、ちょっと微妙・・・。いや、だって500ページもあるのに描かれる試合は1試合だけ。そもそも、巧也が野球部に入部するまで250ページ以上使っている。その巧也が野球から離れていた理由も(ネタバラシのため白黒反転)元チームメートとの不和と肩の故障という、フィクションの世界ではありきたりの理由なため、250ページも割いた理由がよくわからない。後半はテンポがよくてサクサク読めただけに惜しい。
 と、いきなり難癖付けたけど野球小説としては充分に楽しめた。綾音が非常に魅力的なキャラだし、左のサイドスローというのもこの手の野球小説ファンのツボを突いてくる。甲子園に女子の参加が認められた架空の高校野球界が舞台なんだけど、女子をめぐる野球の状況なんかはかなりリアルに書かれていると思う。綾音は女子硬式野球の日本代表候補なんだけど、それクラスの選手でもなかなか公的な援助どころかまともに野球をする場所すらなかなか与えられない、とか悲しいくらい現実を反映していると思う。
 話はそれるけど、私個人としては野球に限らず女子が男子に混じって競技スポーツをプレーするというのは不健全だと思っている。だからこそ、日本における女子野球の位置づけには不満がある。日本最大規模のメジャースポーツで、学童だけ見ればそれなりの女子プレイヤー人口があるというのに、その受け皿を全く用意できていない野球協会の怠慢には怒りを通り越して悲しみすら感じている。
 話を元に戻す。
 ただ、野球描写が(特に前半から中盤)濃密でリアルなぶん、この小説のリアリティレベルというか、ファンタジーの占める分量のバランスがちょっと残念。女子としては十二分に速球派(110〜120キロ)の綾音が男子に混じってプレーするために軟投派に転向していたり、とにかく守備を固めることに腐心していたりと、かなり地に足の付いた野球が描かれる反面、素人が突然150キロを投げてしまったりと、「リアルさ」のバランスが悪いと思う。水島漫画だったら笑って済ましてしまうんだけど、やっぱり小説だと気になってしまう。まあ、実際に野球の初心者でも突然野手投げで130キロ程度なら無くは無い事例なのでぎりきり許容範囲と言えなくもないのだけれど。
 グダグダと書いたけど、女子野球小説が好きならオススメです。