久々に良いモン読ませていただきました。

ノパルガース (ハヤカワ文庫SF)

ノパルガース (ハヤカワ文庫SF)

まさかこんなことが!国防総省所属の科学者ポール・バークは愕然とした。謎の異星人に突然拉致され、焦土と化したその母星へと連行されたのだ。自らをトープチュと称する彼らは、通常は見ることも触ることもできない怖るべき寄生生命体ノパルを殱滅すべく戦っているのだという。そして、ノパルの発生源ノパルガースを浄化する協力をバークに求めたのだが、なんと、そのノパルガースとは!?鬼才ヴァンスが放つ戦慄の異世界

 今日泊亜蘭という名の老星が地平線に没してしまった現在、SF界最長老といってもいいジャック・ヴァンス(1916〜)の、なんと新訳。本書がアメリカで刊行されたのが1966年で、今年は2009年。43年越しの日本初お目見えだ。別にジャック・ヴァンスの復刻フェアーに乗じて、とかそういうのではない突然の出版。はっきり言って気の迷いとしか思えない奇跡の新作出版である。
 いやあ、もうね、すげえ面白かったっす。
 言葉の一つ一つが古典SFを意識していて、伊藤典夫のハイテンションな訳しっぷりがすさまじい。『原子力もぐら』『樹モドキ』とか、のっけから「あの頃」に魂を引き戻してくれます。
 主人公のバークは調査に向かった先でイグザックス人という異星人にアブダクションされてしまう。惑星イグザックスはチチュミーとトープチュという二つの種族の戦争によって荒廃し、イグザックス人は細々とした地下での生活を強いられていた。なんでも、ノパルという謎の生命体がチチュミーに取り憑き、それによって戦争が引き起こされているのだという。そして、地球人もまたノパルに取り憑かれ、主人公は目下唯一の「脱ノパル化」した地球人だというのだ。
 そしてバークはイグザックス人から
金塊100キロを持ち帰り
『脱ノパル化装置』を製作し
地球人をノパルから浄化する
というミッションを行うよう脅迫され、なんとか地球へと返して貰う。
 こうして、バークの孤独な戦いが始まる。なにせ地球人で脱ノパル化しているのは自分だけ。しかも、ノパル化した人間からみると、脱ノパル化した自分は非常に不愉快な存在らしい。チンピラにはからまれ、警察には追われ、恋人には精神病院に放り込まれてしまう。このあたりで、読んでいてノパルは実在するのか、本当はイグザックス人も含めて主人公の妄想なのではないか、という疑念が頭をよぎり始める。そして、中盤以降になんとか味方に引き入れた友人と恋人と三人で、「そもそもノパルとは?」「人類はどうするべきなのか?」という話になって*1、そのバカバカしさと狂気に、一気に物語も面白くなる。
 そして、終盤物語は急展開。60年代のSFっぽく、やたらと観念的かつ軽妙な遣り取りで宇宙の構造を説明していくくだりは圧巻。脱力系のオチも含めて、最高のバカSF。
 いやあ、久々のジャック・ヴァンスだったけど、彼が生きているうちに読めて良かった。

*1:異世界からの生命体の侵略、という大事に対してたった三人で立ち向かう、というシチュエーションの奇妙なシュールさが何とも言えずおかしい