「小説 手塚学校」がおもしろすぎる

日本動画興亡史 小説手塚学校 1 ~テレビアニメ誕生~

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日本動画興亡史 小説手塚学校 2 ~ソロバン片手の理想家~

日本動画興亡史 小説手塚学校 2 ~ソロバン片手の理想家~

 かつて、日本のディズニーを目指した男がいた。男の名は手塚治虫
 手塚は日本の娯楽業界に二つの大きな貢献をした。一つは言わずと知れた漫画の神様としての業績。もう一つは日本で初めて30分枠の連続テレビアニメを制作したこと。しかし、前者はあまりにも過大評価*1され、後者はあまりにも過小評価されている。ただ、マンガ家・手塚の評価は、さんざん評論の俎上にも挙げられ、日々新たな言説や批評が積み上げられている。しかし、アニメ作家・手塚の評価は低いまま顧みられることは少ない。
手塚治虫虫プロ経営に失敗し、さらに劇画ブームにも乗り遅れ、その評価と権威を取り戻すのはブラック・ジャックのヒットまで待たねばならなかった」
 初期虫プロに関する評価は、概ねこんな感じにまとめられ、これは定説として歴史事実となりつつある。そのことに関して、顧みられることは余りない。
 本書では、そのアニメ作家としての手塚にスポットを当て、膨大な資料と当事者達の言葉によって時代を、そしてテレビアニメ黎明期を言葉豊かに語っていく。作者はガンダム関連で素晴らしい仕事を多く残してきた皆川ゆか(本書以降皆河有伽に改名)。
 本書の素晴らしい点は、スタジオの立ち上げ〜アニメ制作〜鉄腕アトムのヒット、に至る過程が群像劇として語られているところだ。こういったドキュメンタリーでは、その容易さから一人の視点に焦点を絞ってしまいがちだ。それこそ、手塚一人に焦点を絞ってしまっても良かったであろう。しかし、本書はアニメ制作に関するドキュメンタリーだ。
 アニメは言わずと知れた集団による創作物だ。プロデューサーがいて、原動画がいて、背景がいて、音響がいて、声優がいて、テレビ局員がいて、そしてスポンサーがいる。本書では入れ替わり立ち替わり虫プロに携わった人々が登場し、多角的な視点から当時の漫画映画界の様子を語っていく。ここまで色々な意味で豊かなアニメドキュメンタリーを、過分ながら私は知らない。
 さらに、ここからは私個人の趣味になるが、時折挿入される『幸せな風景』が堪らなくノスタルジーのようなものをかき立てる。
 無音の試写用アトムに自らアコーディオンやピアノで劇判をつける手塚。完徹を競い合う若者達。昼食代を差し入れる手塚の母。夜に手塚邸で開かれる英語版アトムの上映会。etc.。こういった、日々の嬉しさ、そして未来への希望がどれだけ当時の若者の励みになっただろうか。この幸せな風景をそっと胸に、3巻以降の刊行を静かに待ちたい。

*1:例えば、映画的画面構成を最初に取り入れたのは手塚ではないし、何も全ての漫画ジャンルが手塚によって生み出されたわけでもない