日本の捕鯨は本当に伝統捕鯨か?

鯨取り絵物語

鯨取り絵物語

「日本の捕鯨は伝統捕鯨だ。この日本の文化を認めない白人国家はけしからん」
 日本の商業捕鯨推進派や、ネット右翼といわれる人々から、もう何百回と聞かれる言葉だ。しかし、彼らに伝統捕鯨のことについて尋ねると、まず答えられない。それもそのはず、実は日本の捕鯨文化や捕鯨史についての研究はほとんど未開拓な状態なのだ。日本の伝統捕鯨に関して、学問的根拠はほとんどないのである。
 以前も書いたが、私は鯨が大好物で、能登沖で鯨が揚がると市場に飛んでいくような人間だ。当然商業捕鯨再開に関しても肯定派である。しかし、過去の商業捕鯨に関しての欺瞞や怠慢、ネット上などの誤った言説に関しては正していかねばならないと考えている。
 「伝統」捕鯨を名乗るからには、昔の捕鯨文化と現在日本が行っている捕鯨が歴史的文化的に地続きであることを証明しなければならない。しかし、この辺りが非常にデリケートな問題となっている。
 一応私の意見としては、現在の捕鯨が伝統捕鯨かどうかはかなりグレーゾーンだ。能登沖での定置網による混獲は、その周辺地域での利用も含めてギリギリ伝統捕鯨の体を為していると言っていいかもしれないが、ノルウェー式の捕鯨砲による捕鯨は伝統捕鯨と言えるかどうか微妙なところだろう。胸を張って伝統捕鯨と言えるのはイルカの棒突き漁くらいだろうか。といってもその漁法の残酷さから国内からさえ疑問の声が上がっている。とにかく、伝統捕鯨を主張する側も否定する側も、確たる資料が無いために水掛け論になっている、というのが現状だ。
 この本は、そんな日本の捕鯨史に関する貴重な資料として今後定番の一冊になるだろう。古墳の壁画に始まって、江戸時代に書かれた図説、料理法に関する手引き書に至るまで、著者が日本中を巡って閲覧した鯨に関する資料が登場する。そしてそんな第一級資料を元に、丁寧に捕鯨史を紐解いていく。特に巻末に収録された「鯨魚鑬*1笑録」と主要参考文献一覧は素晴らしい。しかし、巻末で述べられているが、こういった図説が残っているからと言って、イコール日本の捕鯨が伝統捕鯨と断言できるわけではない。ようやく資料が出そろい、検証と議論が始まる土台が作られたに過ぎない。これからも日本は世界と、そして鯨と向き合って行かねばならないのだ。
 とはいえ、日本の捕鯨史に関してここまできちんと資料のまとまった本は初めてだと思う。商業捕鯨賛成派にも反対派にも読んでほしい一冊。

*1:金偏に覧