イリュージョン落語の解説書

雨ン中の、らくだ

雨ン中の、らくだ

 落語が好きだ。
 というようなことを、和服を着ている人間が飲み屋で言うと、「それは演る方?聴く方?」と聞かれたりするが、当然聴く方だ。といっても北陸には寄席がないので、もっぱらCDやDVD、あとはあまりほめられた方法じゃないけれどYouTubeやニコニコでの視聴が主。高校生の時にはまって、図書館でCDを借りて片っ端からテープに落として聞いていた。大学に入ってからは落語熱も冷めていたのだが、数年前に石川県立音楽堂が駅前にできて、邦楽ホールで定期的に落語が上演されるようになってから再び落語熱がぶりかえしつつある。最近は富山にも「てるてる亭」という演芸場がオープン、北陸で落語を聴くことの出来る機会がグッと増えた。
 折しもここ数年は「落語ブーム」と言われている。いや、正確には「落語ブーム」という言葉は正しくない。ブームというような軽薄なムーブメントではなく、落語が大衆娯楽としてその地位を復権しつつある、というのが正しい見方だと思う。
 そしてその落語ルネッサンスの中心にいるのは多くの若手から中堅の「新しい」落語家たちである。そんな注目と期待を集めている若手(という年でももうないか)落語家の一人、立川志らくのエッセイ集。
 立川談志をその頂点とする立川流噺家たちは、皆何らかの形で談志の芸を継承している。特に志らくの盟友で最大のライバルでもある談春は、談志の「名人芸」の部分を受け継ぎ、実際40代にして「将来の名人」の呼び声が高い。対して志らくは談志の「狂」を受け継いだ弟子と言っていいと思う。
 ご存じの通り、立川談志はいわゆる「名人」の枠に収まりきらない名人だ。その破天荒な人柄に、歯に衣着せぬ言動。「落語は人間の業の肯定」はいいとして、「落語はイリュージョンだ」まで行くと正直ついて行けない人も多いだろう。実際信者ともいうべきファンが多い反面、アンチも多い。ただ、好き嫌いにかかわらず談志を天才と認めない落語ファンはほとんどいないんじゃないだろうか。まあ、とにかく凄い人なのだ。
 そんな当代最高の天才立川談志の「狂」を受け継ぎ、談春の「名人宣言」に対抗して「狂人宣言」をした志らくによる、イリュージョン落語の解説書がこの本。
 自身の半生を振り返りつつ、談志の十八番に関する解説を交えながら「イリュージョン落語」および「談志の狂」の本質を少しずつ紐解く、という構成になっている。
 この「イリュージョン落語」だが、実はこの本を読むまで全くその本質がわからなかった。実際今でも、言葉で説明するのが非常に難しい。だって「落語」で「イリュージョン」だ。ただ、この本を読んだ今では、談志が何をしようとしているのか、志らくは談志の何を受け継いだのか、そういったことが朧気ながらもすぅっと胃の中に落ちてきたような感じがする。「赤めだか」の副読本としても、談志落語の解説書・入門書としても最適の一冊だと思う。少なくとも「赤めだか」に感動した人は読んで損無し。