期待に反しない素晴らしい短編集

ベガーズ・イン・スペイン (ハヤカワ文庫SF)

ベガーズ・イン・スペイン (ハヤカワ文庫SF)

 ヒューゴー・ネビュラダブルクラウンの表題作を始めとして、七本の短編を収めたナンシー・クレス日本オリジナル短編集。
 いやー、素晴らしかった。実はプロバビリティシリーズは積ん読中。猛省したのですぐに読み始めますとも。
 遺伝子改良によって睡眠と疲労から解放された新人類「無眠者(スリープレス)」を巡る新人類SF「ベガーズ・イン・スペイン」も素晴らしかったけど、個人的に一番グッと来たのは「ケイシーの帝国」。
 以下ネタばらしを含むので白黒反転。銀河帝国を夢想しSFを書き続けるケイシー。人生の全てをSFに掛ける彼を人々は心配し、嘲笑する。これだけで、なんだかしんみりとしてしまうSFファンは多いはず。そして最後、銀河帝国モノのSFの出版が決まった直後、なんと実際に宇宙人が舞い降りる。しかし、その宇宙人から銀河帝国が存在しないことを知らされてしまう。その後SF作家として成功するも、ケイシーは銀河帝国の夢を失い、幸福とは言えない人生を送る。
 ケイシーは若くして巨匠となるんだけど、そのデビュー作のみ駄作と見なされているというのがSFの本質を突いている。SFは科学の進歩や社会の移り変わりであっという間に陳腐化してしまう。銀河帝国の存在を否定された時点で、銀河帝国モノのデビュー作は陳腐化してしまっているのだ。しかも、それがいかにもSF的な存在である宇宙人によってもたらされるという皮肉。そう、いつだってSFの賞味期限は現実によって突きつけられる。そういったメタSF的な部分が本当に素晴らしい小篇。
表題作とこれだけで、ナンシー・クレスの評価が私の中で不動のモノになった。とりあえず「プロバビリティ・ムーン」を今から読みます。