師匠と弟子の熱くて深い関係

赤めだか

赤めだか

研究会からの帰りの車中で読んだ。
個人的には、噺家と将棋指しの書いた本にハズレ無し、と思っている。ああいった人たちは恐ろしいほどに頭の回転が速いし、職業上社会的地位が高い人との交流も多いので、人を喜ばせたり楽しませたりするツボのようなものを十二分に心得ている。
というわけで、かなりの期待を込めてこの本を東京の本屋で手に取ったんだけど、期待を遙かに超えた大傑作エッセイだった。
中身は立川談春の自伝的エッセイで、立川談志師匠のもとに弟子入りするところから、二つ目に昇進するまでが主な内容。立川談志の破天荒ながらも人情味溢れる人間性や、同門の友にして最高のライバルである志らくとの交流など、テンポの良い内容がもの凄く楽しかった。立川談志の名調子や卓抜した見識もさることながら、随所にホロリとされるようなエピソードがあって、大爆笑したと思ったら涙が出てきたりと、人情落語を聞いているような感じ。
そして、実話のはずなのに、エピソードの一つ一つにちゃんとオチが付くのが良い。例えば、食うや食わずの前座時代、前座連中でスーパーに行き、半額になった総菜や牛乳の回しのみで糊口を凌いでいたところを談志師匠に目撃される。弟子の窮状に心を痛めた談志師匠は、突然チャーハンと焼きそばを作り、弟子に振る舞う。腹を空かせた弟子たちは感涙にむせびながらも久しぶりに腹一杯の飯にありつく。と、ここまではまさに人情話だが、あまりに腹を空かせていたばっかりに師匠の分まで食べてしまって大目玉、というオチがちゃんと用意してあるのだ。なんというか、一廉の落語家というのは落語に打ち込むあまり、人生そのものまで落語のようになってしまうのだなあ、と感じ入るエピソードである。
それにしても、立川流の有り様というのが、現在の日本に失われつつある、一つの理想的な師弟関係に思えた。その技術だけでなく人間性まできっちりと師匠が責任を持ち、その責任の分だけ厳しく、時には突き放して成長を見守る。一見すると破天荒で放任主義に見える立川一門だが、その根底にあるのは並外れた落語への情熱と、究極的なまでの人間愛であることを文章からひしひしと感じた。
それにしても、落語家も一種の言葉のプロとはいえ、突然これだけのモノを書かれると、世の文筆業の人も商売あがったりだなあ。