凍りのくじら

凍りのくじら (講談社文庫)

凍りのくじら (講談社文庫)

久しぶりに本を読んで涙が出てしまった。
三年前にノベルスで出たときに回りで褒めている人が結構いたんだけど、なんとなく手に取らずにいた本。今回文庫落ちということで、手に取ってみた。
読んで、まずこの三年間私にネタバレしなかった人々と、最後の結末を知らずにこれを読めた幸運に最大限の感謝をしたい。
文庫落ちを待たずに、とっとと読んでおけば良かったよ。


私は辻村深月氏と同じ、80年生まれ。
だから分かるんだけど、私と同じくらいの年齢で、藤子マンガの洗礼を受けていない人はいない。ドラえもんのアニメが始まったのが79年で、「のび太の恐竜」の公開が80年。そして、ドラえもんのヒットを受けて、その後「パーマン」「オバQ」「ハットリ君」「エスパー魔美」「プロゴルファー猿」、etc...。ぼくらはコロコロを読む時、テレビをつける時、いつだってのび太で、正ちゃんで、ミツオで、高畑君だった。とにかくぼくらの子ども時代は藤子マンガ、そして藤子アニメとともにあった。だから、作者がドラえもんの秘密道具を通じてこの作品に込めた思いが痛いほど伝わってきた。

主人公の芦沢理帆子はちょっと頭が良くて、そしてもの凄く「嫌な」女子高生だ。他人を鋭く観察し、勉強も運動もほどほどで、しかも自分が美人なことを知っている。それでいて、嫌われずに立ち回ることができるからタチが悪い。おそらく読者のほとんどは、序盤、彼女の行動言動に苛立ち、ハラハラし、そして少しだけ同族嫌悪を抱く。少なくとも私はそうだった。
けど、どこかで、最後のラインで彼女を嫌うことができないはずだ。そう、彼女はドラえもんの大ファンで、各章ごとにそのドラえもんの秘密道具がタイトル及びモチーフとなっている。ぼくらは知っている。藤子・F・不二雄の漫画を好きな人に、本当に悪い人などいないことを。ぼくらはいつだってのび太だった。そして、のび太が悪い奴なわけがない。
そんな理帆子は周囲に起こる様々な出来事、そしてすこし不思議でフラットな先輩との出会いを通して成長していく。
母親の病気の進行とともに埋められていく今までの年月。
元彼のちっぽけなプライドとその崩壊。
不思議な少年、別所あきらとの交流で気付く、周囲の暖かさ。
その暖かさを象徴するような松永家の人々。

そして、最後に理帆子に訪れるささやかな奇蹟。かつてのび太で、そして今でものび太かも知れない私は、ラスト100ページを読んですこし泣いた。
心にずしりときて、そして明日への元気をちょっとだけもらえる、そんな素晴らしい小説でした。
初版が講談社ノベルスということで、なんの賞にもノミネートしなかったのが惜しい。これを25歳で書いてしまった辻村深月。凄い才能だ。