天使の歩廊

天使の歩廊―ある建築家をめぐる物語

天使の歩廊―ある建築家をめぐる物語

第二〇回日本ファンタジーノベル大賞受賞作品。
出版以前から、「選考会開始直後に受賞即決!」「第二〇回記念を飾るに相応しい傑作」などと、やたら評判が高かった作品。
結論から言うと、前評判に違わない傑作だった。

以下ネタバレ有り。

新人賞受賞作にしては珍しい連作短編集。
孤高の天才建築家、笠井泉二とその建築物、そしてそれを取り巻く人々の物語が丁寧に描かれる。
舞台は明治時代から昭和初期までさまざま。笠井泉二の少年時代から壮年期までの出来事が、時系列がばらばらに語られていく。

最初は連作短編という前情報がなかったので、ファンタジー要素を加えた時代小説かと思ったんだけど、二本目の『鹿鳴館の夢』の終盤からぐっと幻想小説としての側面が強くなっていく。そして、これが歴史小説と言うよりは、れっきとしたファンタジー小説だと言うことを意識づけられるのは五本目の『天界の都』の、妻である黎子の死の場面だ。
そして、ここでようやく始めの方を読み返して、実は最初から徹底して笠井泉二が「あちらの世界」に属す存在で、それ以外の登場人物は「こちらの世界」に属す存在として書かれていたことに気付いて愕然とした。当然「あちら」と「こちら」の境目には境界線があるはずで、そこには笠井のデザインした建築物が存在している。
登場する建築物はいずれも「あちら側」への扉として、泉二以外の登場人物および読者を誘う役割を果たしている。
そういった意味で、この小説の真の主人公は泉二ではなく泉二の造った建築物である、と言っていいだろう。
私はこの小説を読み終わるころには、アパートの引き戸ですらなにやら魔術めいた物に感じ、しばらく奇妙な心持ちにとらわれてしまった。世界に対する認識を変える、という点でも、これは極上のファンタジー小説である。

中村弦、次の作品が非常に楽しみな作家の登場だ。