受け継がれるアメリカの魂

グラン・トリノ

 クリント・イーストウッドが監督と主演を務めた話題作。駅前のイオン・シネマで鑑賞。
 イーストウッド自ら演じる主役の老人ウォルトは典型的な「昔のアメリカ白人」。従軍経験を誇りとし、フォード車に乗り、飲み屋や床屋で古い友人たちとキツいジョークを交わしあうのを唯一の楽しみにしている。しかし、その頑固さから、子供たちや隣人とは疎遠になってしまっている。しかも、近年まわりには次々とアジア系移民が引っ越してきて、景観や治安が悪化。それに対しても悪態をつく日々を過ごしている。
 そんなある日、隣に住むモン族の青年タオが、悪い友人にたぶらかされウォルトの愛車グラン・トリノを盗みに入る。盗みは失敗するが、それを契機にウォルトは隣人たちと関わりを持つようになっていく。タオにアメリカ人の男としての振るまい方を教え、仕事を与える。街のチンピラを懲らしめ、街の治安は向上、偏屈老人として相手にされていなかったウォルトは一躍街のヒーローになる。しかし、そのチンピラとの諍いはやがて抗争へと発展していく・・・。
 今、アメリカは一つの曲がり角に来ていることは間違いない。大量の移民受け入れと、近年の新自由主義経済、そしてサブプライム問題によって古き良きアメリカは完全に「死んだ」といっていいだろう。もう、あのアメリカ人だけでなく世界中の人々が愛したアメリカはどこにもない。しかし、アメリカは新しい黒人の大統領の下、新しいアメリカを作ろうとしている。現在、アメリカは白人中心の社会が少しずつ瓦解し、移民の子孫も含めた真の多民族国家へと「第二の革命」と呼ばれる社会現象が起きているという。白人が白人の価値観を有色人種に押しつけるのではなく、移民も含めた全てのアメリカ人の価値観が平等に尊重されるべきだ、という考えがじわりじわりと支持を集めているそうだ。
 そして、この映画はそんなアメリカの社会情勢を丁寧にすくい取り、素晴らしいエンターテイメントに昇華させている。最初はアジア人を「米食い虫」と差別していたウォルトも、交流を通じてアジアの文化に敬意を払うようになっていく。些細ないざこざが発端となったチンピラとの抗争も、ベトナムや中東問題を思い起こさせる。そう考えると、最後のウォルトの行動の意味も、格段に深いものとして胸に突き刺さる。 アメリカの魂の象徴として何度も作中に登場するグラン・トリノ。それを誰が継承するのか、ラストシーンには思わず深いため息が出てしまった。あのシーンには、アメリカという国の持つ懐の深さと強さの本質が隠されているように思う。
 正直言ってイーストウッドの演技は、非英語圏に住む私から見てもちょっと難ありだけど、それでもイーストウッドにしか演じられなかったと思う。痛切に響く古き良きアメリカへの鎮魂歌。お勧めです。
 
参考

見えないアメリカ (講談社現代新書)

見えないアメリカ (講談社現代新書)