コミュニティラジオが引き起こす物語

ミサキラヂオ (想像力の文学)

ミサキラヂオ (想像力の文学)

半島の突端にあるこの港町には、ここ半世紀景気のいい話などなかった。だが、演劇人くずれの水産加工会社社長が、地元ラジオ局を作った時、何かが少し変わり始めた。土産物店主にして作家、観光市場販売員にしてDJ、実業家にして演歌作詞家、詩人の農業青年、天才音楽家の引きこもり女性、ヘビーリスナーの高校生―番組に触れた人々は、季節が移り変わる中、自分の生き方をゆっくりと見出してゆく。自分勝手な法則で番組と混沌とを流し出す奇妙なラジオ局のおかげで…。港町にある小さなラジオ局を舞台に、ひそやかに生きる人々が交差する、太宰治賞作家の意欲作。

 「ユダヤ警察官同盟」がどうにもこうにも読んでいて疲れる小説なので、ちょっと一休みしてこちらに手を出してみた。先日紹介した「猿駅/初恋」とともに早川書房想像力の文学第一回配本として出版された、瀬川深最新刊。
 おそらく、神奈川県三浦市にある三崎漁港がモデルの、ミサキという町での一年を描いた群像小説。舞台は2050年の近未来、なぜかミサキラヂオの電波は周りよりもゆっくりと伝搬し、ラジオは数十分から時には何年も遅れて電波を受信する。といっても、SF的な仕掛けはこれだけで、別に舞台が近未来である必要性は感じないが、「ヨコハマ買い出し紀行」みたいなノスタルジーを演出する役には立っているかも。
 物語は春夏秋冬の四本から成り立っていて、春にラジオ開設、夏にサマーフェスティバル、秋にちょっとした事件があって、冬に作家先生が文学賞を受賞する。そして、その間にミサキに住む老若男女の生活が描かれ、それを通じてミサキの風景が浮かび上がってくる。風景を直接描かずに、人間からその風景を浮かび上がらせる、というのはデビュー短編集「チューバは歌う」でもやっていたけれど、こちらの方が格段に完成度が高くなっている。前作同様に音楽描写も秀逸で、あの幻聴が聞こえそうな熱のこもった描写は健在。
 それにしても良い小説だった。瀬川深の書く人々はもの凄く力強く、そして強烈なまでにポジティブだ。一人一人は孤独だが、そんな孤独な一人一人がふっと人生をふれあわせる瞬間がある。そして、それはとても貴重で大切なことなのだ。そんな当たり前だけど、普段忘れがちなことを思い起こさせてくれる、そんな小説だった。お勧め。