巨人の肩の上に立つ

解読! アルキメデス写本

解読! アルキメデス写本

 これはスゴイ。大傑作ノンフィクション。

 1998年、とある科学書医学書の蒐集家が亡くなり、大量の稀覯本がオークションに出品された。「キュリー夫人の博士論文」「アインシュタインの特殊相対論の論文」「ガリレオ『天文対話』の初版本」「J.J.トムソンが使用したマクスウェル『電気磁気学論』初版本」・・・。などそうそうたるラインナップだ。そして、その中でひときわ注目を浴びた本。それが「アルキメデス写本」である。かつて東ローマ帝国によって纏められ、1204年に第四回十字軍によって略奪されて以来800年にわたって歴史の闇に葬られてきた稀覯本中の稀覯本である。アルキメデスの論文がほぼ完全な状態で収録された唯一の現存する本でもある。
 この本はエルサレム東方正教会ギリシア政府が名乗りを上げる中、英国の謎の大富豪(匿名・ミスターB)によって220万ドルで落札される。
 アメリカの美術館で稀覯本の写本を専門にしていた著者はさっそくイギリスに飛び、その大富豪とコンタクトをとる。ミスターBは世界でも指折りのビブリオマニアで、なんと著者にアルキメデス写本の復元と英語への翻訳を快諾、以降パトロンとして全研究資金を出資する約束までしてくれる。こうして著者をプロジェクトリーダーとして、人類史上最大の数学者・アルキメデスの論文を解読するという一大事業が始まる。

 いやー、本当に面白かった。内容は一言で言うと「アルキメデスは如何にして数々の発見に至ったか」である。この写本が発見・解読されるまではアルキメデスの業績(円周率の算出・金の比重測定・様々な求積法の発見、etc.)は都市伝説的な寓話(エウレカー!、のあれね)ばかりで、その数学的プロセスはあまりというかほとんど知る術がなかった。しかし、この本を解読する課程でその恐るべき頭脳が明らかになっていく。
 まず有名な求積法(図形の面積の求め方)だけど、なんとアルキメデスは紀元前三世紀に『無限』の概念を『発明』している。きちんと『極小』『無限』という概念を操り、一般的な求積法を記述しているのだ。これは2000年後に登場するニュートンライプニッツが確立する『微分積分法』を先取りしたものである。アルキメデスはこの考えに、数式を使わずに(そもそもアラビア数字ですらまだ発明されていない)至っているのである。アルキメデスは伝説で語られる以上にに伝説的な大天才だったのだ。
 そして、この本ではその発見に至る過程が(おそらく)数学の素養がない人でも理解出来るように書かれている。おそらくこれを追うことで巨人の思考プロセスを辿ることが出来るだろう。
 また、当然ながら羊皮紙に書かれた写本の復元・解読プロセスも書かれており、いかにして古代の稀覯本が甦るかについてもドキュメンタリータッチで楽しく読み進めることが出来る。科学の歴史が如何にして編まれてきたのか、そしてそれが如何にして現代まで途絶えることなく進歩してきたのか、歴史と科学の両面から理解することが出来る良書である。
 理系の学生にも文系の学生にもお薦め。