アニメーターへの鎮魂歌

 

 最近ラノベとマンガばかり紹介していたので今日は少し真面目な本を紹介します。といっても一般に市場に流通している本ではありません。自費出版の本です。今ならキャラアニ.comで買うことが出来ます。
 かつて、わたなべぢゅんいちというアニメーター、演出家、撮影監督が居ました。私自身はアニメをかなり観る方だと思いますが、一般には作画マニア(そしてちょっと声優ファン)、というのに分類されると思います。「わたなべぢゅんいち」という名前は色々なアニメのスタッフロールで見ていて、そういう名前の人がいるのは以前から知っていました。なんで平仮名なんだろう、ずっとそう思っていました。
 私が彼の名前を明確に意識したのは「おねがい☆ティーチャー」という作品です。彼は、このアニメで撮影監督という役職でした。撮影監督、というのは文字通り原画・動画をフィルムにする作業の最高責任者です。アニメがかつてセル画で作られていた頃は、このセル画を撮影する時に様々な特殊効果を入れることで画面の個性を出していました。例えば出崎統という巨匠の作品には、必ずといって良いほど高橋宏固*1という名撮影監督がいて、三回パンや透過光、ハーモニーという出崎演出に欠かせない画面作りを行っていました。撮影はアニメがデジタル化された今日は、主にCGでの特殊処理を行う役職になりましたが、テレビに映る画面を最後に統括する部署、という意味ではその重要性は日々増しているように思えます。
 話は戻りますが、「おねがい☆ティーチャー」は決して潤沢な予算とスケジュールで作られた作品ではなかったと思います。しかし、作画の崩れと作画枚数の少なさを感じさせない丁寧な画面作りで、スマッシュヒットを記録しました。そして、このあたりから彼の名前を見ることが日に日に増えていったように感じています。
 そして、「ゼーガペイン」という作品で、私の中で彼への評価は揺るぎない物になりました。「ゼーガペイン」は仮想世界に追い詰められた人類が、人間の命について自問自答しながら戦うという哲学的なロボットアニメです。DVDの販売は振るいませんでしたが、ゼロ年代最高のロボットアニメだと断言出来ます。このアニメで、彼は「特技監督」という役職でクレジットされています。アニメ誌やこの本によると、画面作り全体を統括する、監督に近い役職と作業だったようです。
 この作品の成功は、彼のキャリアに敢然と輝くはずでした。しかし、その放映終了から半年後、チーフディレクターを務めるはずだった次作品の作業中に脳溢血で倒れ帰らぬ人になりました。
 この本は、そんなとあるアニメーターの追悼インタビュー集です。取材と執筆、出版をしたのはわたなべぢゅんいち氏と生前親交のあったライター、大野まいこ氏。かつての同僚を中心に、インタビューを重ねることで、謎だったわたなべぢゅんいち氏の人生が一つ、また一つと浮き彫りになっていきます。インタビューの端々からわたなべぢゅんいち氏の人柄が伺えます。アニメの製作過程やかつてのスタジオ・ビーボォーの事にもたくさん言及してあって、作画マニアなら買って損無しでしょう。
 また、同時にアニメ制作における労働問題も明らかになっていきます。わたなべぢゅんいち氏はベテランで、尋常でない作業量をこなしていたにも関わらず、保険に加入していませんでした。そして、倒れる少し前から体調の不良を訴えても居たようです。もし彼が保険に加入していたら、と大野氏は悔やんでいます。そして、この年金はおろか保険にすら加入していない、というのは多くのアニメーターにおける現状でもあるはずです。この本をきっかけに、少しでも多くの人がアニメーターの労働環境に目を向けてくれたら、と思って止みません。
 
 蛇足ですが、「ゼーガペイン」には桶谷顕という脚本家が参加しており、かなりの話数の脚本を担当しています。彼もまた、ゼーガペインの放送から1年も経たないうちに癌で亡くなりました。時期を考えると、ゼーガペインの脚本を書いている頃は病院のベッドの上だったのではないでしょうか。「ゼーガペイン」には日本独特の死生観が多く語られ、それがシナリオの個性や盛り上がりに一役買っています。桶谷顕とわたなべぢゅんいち、二人のクリエイターが命を削ってでも作った作品。そう考えると、あのクオリティーにもなんだか納得がいってしまう気がします。

追記並びに訂正
高橋宏固氏を故人、と書いていましたが誤りでした。本当にすいませんでした。

*1:高橋プロ(現T2スタジオ)リーダー