いつもトラブルばかりなの 世紀末なふたり〜

 数ヶ月間本の感想を書いていなかったんだけど、本を読んでいなかったわけではなくて、会社が10年に一度の豊漁〜季節外れの台風直撃、という具合にもの凄く忙しくて感想を書く気力がなかなか溜まらなかったためです。

アンチ・マジカル ~魔法少女禁止法~ (一迅社文庫)

アンチ・マジカル ~魔法少女禁止法~ (一迅社文庫)

 しかしまあ、傑作だった。魔法少女版「ウォッチメン」。

 かつて90年代は魔法少女の時代であった。鬼魔(キーマ)が異次元より襲来し世界が混乱する中、主に日本を舞台に『戦う変身魔法少女』たちが世界を救った。
70年代から政府の秘密エージェントとして活躍するサイボーグ少女「花の騎士ハニーゴールド」*1、日本初のチームで戦う変身魔法少女にして国民的人気を誇った「キラキラスターズ!」*2、キラキラスターズ!よりも後発で、同じようなメンバー構成の「魔法のスウィートおしゃれ天使」*3、少年二人と合体して戦う「ホーリープリンセスかぐや」*4、滑稽な空飛ぶアヒルに変身して戦う「愛と青春のダックガール 空飛ぶダックさん アヒル DE ニコルソン」*5、最年少魔法少女魔法少女マジかるウサミーSOS」*6異世界を救った魔法剣士「幻想剣士スターレットガールズ」*7
 彼女たちの活躍で世界は平穏を取り戻すが、倒すべき鬼魔がいなくなり、魔法少女達の社会的扱いが問題となる。時を同じくして、マジかるウサミーの正体である宇佐見美々(当時八歳)が変身解除時に狙われ、強姦されたあげく殺されるという凄惨な事件が発生する。魔法少女のあり方について世論から疑問符が投げかけられ、運用次第では核を越える軍事力とも言われる魔法少女達を持て余した日本政府によって1997年に「魔法少女禁止法」が制定。魔法少女への変身と、その能力による破壊活動は厳しく罰せられることとなった。98年には「魔法怪盗アルセーヌキャット」*8が同法によって逮捕される(後に魔法少女ではなくステージマジシャンであったことが判明)。ほぼ全ての魔法少女達は政府の勧告、あるいは自らの判断でステッキをクローゼットにしまった。ある一人を除いて。
 スウィートおしゃれ天使の一人、スウィート・ベリーはたった一人で魔法力による自警団的活動を続けた。そして10年、24歳になり誰も「少女」と彼女を呼ばなくなった頃、一人の後継者が現れ、一つの事件が起こる・・・

 まずこのウォッチメン的なリアル系魔法少女世界観(なんじゃソリャ?)にクスリまたはニヤリときた人はすぐに本屋に行って買って読むように。絶対に損はしないから。
 全編通して90年代魔法少女ものへの情熱と愛情、敬意に満ちあふれた小説だった。決して全ての人にはお勧めできないけれど、登場する魔法少女達のモデルとなった作品をほとんどリアルタイムで観ていたような、この国に10万人くらいいるだろう人は絶対に読んだ方がいい。
 当時のアニメに通じているほどに、散りばめられた小ネタの数々にじたばたして、少しでもこの嬉しさと切なさとやるせなさを誰かと共有したくなるはず。あとは、ちゃんと登場人物達の声が元ネタの人たちで脳内再生されたことに驚いてしまったよ。私のダメ絶対音感と声優脳もまだまだ大丈夫だな。ダック DE ニコルソンの正体の名前が白鳥まひるだったり*9、スウィート・ベリーの親友で元おしゃれ天使メンバー・黒井里子の口癖が「あんたバカぁ?」だったり*10、中の人ネタも満載で、しかも「分からなくても不自由しないけど分かると絶対嬉しい、楽しいではなくて嬉しい」という絶妙なスパイスになっている。できれば、同人誌でも良いから元ネタの人たちを元ネタのまま登場させたバージョンを読みたい。
 あとはね、やっぱりあの90年代という時代は何だったんだろう、という思いが読んだ後に頭から離れないでいる。本家「ウォッチメン」ではスーパーヒーローは世界の警察であろうとするアメリカの象徴として、黄金の30年代・再興の夢を追いかけた泥沼のベトナム・そして現代の映し鏡として描かれる。ではこの「アンチ・マジカル」の魔法少女達は、というと要は失われた10年と言われる90年代そのものなのだろう。セーラームーンが放送された92年から97年は、バブル崩壊後の余韻の中で若者が「夢と幻想」を追いかけた時代だ。フリーターがさも新しい職業であるかのように持て囃され、日本中にコンビニが溢れかえり、CDやゲームソフトは飛ぶように売れ、収入は減っているのに若者向けの個人消費は伸び続けた時代。そして0年代、そのファンタジーは夢と消え、既に若者でなくなり始めている青年達の眼前には勝ち組と負け組からなる厳しい空虚な世界が広がっている。アンチ・マジカルでも、ある者はそのキャリアと能力を最大限に活かして立身出世し、ある者は結婚して家庭に入り、ある者は挫折し、またある者は心を病んでいる。結局、魔法は彼女たちを幸せにも不幸にもしなかった。夢みた結果、彼女たちに訪れたのは当たり前の若者としての人生だけだった。次巻以降、このへんの「幻想の90年代と空虚の0年代」というテーマをどう発展させていくのか本当に楽しみ。

以下ネタバラシを含むため白黒反転
 ラストは第4世代魔法少女の登場が示唆され、さらに黒幕の存在が明らかになる。おそらく、この新たな敵の登場によって魔法少女の存在は再び容認され、魔法少女達は再び表舞台へ舞い戻ることが出来る。そのためにスウィート・ベリーはキラキラアクア!がたどり着いた真相を黙認し、サクラの元から去ったのだろう。昨今のアメコミとそれを元にしたハリウッド映画ではお馴染みの「正義が存在するにはそれと同等の力を持った悪が必要」というパラドックス。後書きによるとどうも続きが出そうなので、日本のライトノベルである本書がどうその辺のパラドックスに決着を付けるのか非常に楽しみ。
 あと、最後の最後でミンキーモモへの敬意が払われているのが嬉しかった。思えば、日本のアニメの歴史は既に1982年に「魔法は人を幸せにしない。人の想いが人を幸せにする」という結論に達しているのだった。

*1:元ネタはキューティーハニー

*2:同じく美少女戦士セーラームーン

*3:同じく愛天使伝説ウェディングピーチ

*4:同じく赤ずきんチャチャ

*5: 同じく愛と勇気のピッグガール とんでぶーりん

*6:同じく魔法少女プリティーサミー

*7:同じく魔法騎士(マジックナイト)レイアース

*8:同じく怪盗セイントテール

*9:とんでぶーりん主人公・国分 果林の声優は白鳥由里

*10:ウェデングピーチのエンジェルデイジー/珠野ひなぎく役は宮村優子