人と人を繋げる奇蹟

チューバはうたう―mit Tuba

チューバはうたう―mit Tuba

 太宰治賞を受賞した表題作を含め、3本の短編を収めた短編集。以下、作品ごとの感想。
「チューバはうたう」
 チューバに魅せられた女性の物語。書き出しから非常にたんたんとした語り口調なんだけど、不思議と引き込まれた。「私はチューバを吹く」という言葉が繰り返され、それがテンポを整えている。どこか音楽的な音楽小説。
 物語は終盤、ジプシーバンドとの偶然の共演で突如熱を帯びる。演奏の描写が素晴らしくて、幻聴の如くチューバの音が聞こえてきそうだった。今度、チューバの曲を聴いてみようかしら。

「飛天の瞳」
 一人のツーリストが、かつて祖父が暮らしたタイを訪れる。そこでのちょっとした出会いと、ささやかな奇蹟。30ページほどの小篇。ここでも、タイのパンドゥンバンドが登場して、その演奏が素晴らしい筆致で描かれる。残念ながらパンドゥンという言葉すら知らなかったんだけど、ちょっと興味を持った。CDを探してみよう。

「百万の星の孤独」
 田舎町にやってきた移動プラネタリウムを巡る一夜の物語。独力で小型プラネタリウムを作った男のモデルは大平貴之氏だろう。
 アルツハイマーの老人、老人の雇っている家政婦、廃線マニアのツーリスト、田舎町の高校生、花とともに移動する養蜂家、家出少女、たまたま帰省中の大学生。全く関係ない人々が、プラネタリウムによってほんの一瞬だけその人生が繋がる。それはまるで星座のようでもある。一つ一つはまったく関係ない星なのに、人間が見上げるその時だけ線で繋がり一つの絵を作り出す。そんな一夜のちょっとした奇蹟を描き出した名短編。個人的には一番面白かった。特にラスト三ページは少し涙が出るくらい感動した。